就学相談の相談内容や流れは?世田谷区の判定はいつ出る?判定基準は?




 

こんにちは、えりえりです!

就学相談を受けたので、その流れや相談内容について体験談を書いてみたいと思います。

これから就学相談を受ける予定の方はきっと参考になるはず!!!

 

世田谷区で就学相談を受けたケース

同じ東京都でも23区や市町村によって流れが違うかもしれません。

私は世田谷区在住なので、世田谷区のケースについてお話しますね。

あくまでも世田谷区の1ケースとしてお読み頂ければと思います。

就学相談を4月に申込み、世田谷区の教育委員会に電話

子どもが小学校に上がるにあたり、通常学級(通常級・普通級)では難しいことが以前からわかっていたので、申し込みの始まる年度始まり4月の中旬にすぐ電話しました。

初日の朝は混んでいて全くつながりませんでした。

 

翌日にようやくつながりました。

ですから、焦らなくても良いので2日後以降に電話をかけることをお勧めします。

張り切って一番に電話しても、通じなくてイライラするだけですので。

 

支援学校を希望したため、東京都に書類が送られる

うちの子は知的だけでなくADHD特有の落ち着きのなさや、複雑な家庭環境や引っ越しなどからくる情緒不安もあったため、しっかりサポートしてもらえる支援学校を当初から希望していました。

 

一見普通に見える子なので、「え?支援学校??」と驚かれることが多いのですが。

先輩ママの話をいろいろと聞くうちに、どうやら最近の支援学校は、知的レベルのサポートだけでなくいろいろな発達障害や二次障害についても理解があって、手厚くみてもらえそうだということがわかったんです。

 

ですので、東京都教育委員会から書類についての問い合わせが来た時

「支援学校希望です」とはっきり答えました。

そうすると、窓口である世田谷区教育委員会から東京都教育委員会の方へ書類が送られました。

 

支援学校は東京都の管轄なのですね。

知りませんでした。

支援学校って都立なんですよ、東京の場合。

 

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5月中旬に面談、相手は世田谷区教育委員会の担当者

5月中旬に面談に呼ばれました。

トップバッターだったようです。

どんだけ我が家はアポ取り早いねん!

ちょっと早く準備し過ぎた感じもしましたが、その話はまた後程。

 

場所は鶴巻にある世田谷区の教育センターでした。

書類は都に回してもらっていましたが、なぜか区の教育委員会の方に面談して頂きました。

 

面談して頂いた女性は、委員会の中でもお偉い方のようでした。

にこやかで優しくてとても良い感じの方でした。

その横に若い女性もいらっしゃいましたが、その方はほどんど話さずメモを取られるだけでした。

 

子どもは別室で保育士と遊びながら、行動観察されていました。

子どもはちょくちょく私の部屋を覗きに来て、確認してましたね。

安心したかったのでしょうね。

 

面談ではこれまでの成長の様子や学校に入ってからの心配事などを話しました。

どうしようもないぐらい多動で衝動性の強い子なので、あれやこれやこれまでやらかしてくれた集団生活での体験談をたっぷり話し、しっかりと耳を傾けてもらえました。

時にはどうしてもお薬に頼らなくてはならず、毎月児童精神科に通っている話なども。

 

プリントにはチェック項目がびっしり書かれていて、ひらがなが読めますかとかトイレは介助が必要ですかなど一通りのことを聞かれ、メモを取られました。

 

洋服のたたみ方や掃除の仕方まで丁寧に指導してくれる支援学校。

そう、自分の子にはそういう学校がぴったりだと思うというようなことを話した記憶があります。

落ち着きのない子にいろいろ親が一つ一つ教えることに限界を感じていたので。

というか、疲れ切っていましたね、私。

先輩ママから仕入れた情報を頼りに絶対支援学校に行かせたいと思うようになっていましたから。

 

区内とはいえ、教育センターは自宅から遠く、交通の便が悪いところにあるので、正直その日はぐったりでした。

 

東京都教育委員会から許可が下りる

その後何度か東京都に電話しました。

かなりせっついてしましました。

私も相当焦っていたようです。

早く決まって欲しい、早く安心して落ち着きたい、と思っていましたから。

 

都の担当者はいつも同じ調子で受け答えしてくれました。

良くも悪くもお役人さんっぽい。中立な立場だから仕方ないですね。

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とはいえ、都から早く回答が欲しい旨を何度も訴えました。

 

すると、夏休み直前の7月中旬に結果通知の電話が来ました。

支援学校への入学許可が下りました。

「やっと決まった。これでもう一人でこの子を育てなくて良いんだ。」とほっとしました。

 

お祖父ちゃんやお祖母ちゃんのサポートは得られていても、親である自分の抱えるプレッシャーが大きかったんですね。

幼稚園や保育園では、特に障害児クラスとかないので、いつも孤独に育児していましたから。

仲間もほとんどいなくて。

健常児の方が圧倒的に多いですからね、クラス内は。

世田谷区教育委員会に2度目の就学相談をする

夏を過ぎ、秋の運動会シーズンもなんとか終わった頃、ある行動に出ることにしました。

 

というのも、1学期と2学期で何度も公開授業に行ったんですね。

支援学校や支援学級など、子どもが関わりを持ちそうな学級へ幾度も顔出しをしました。

 

支援学校がどういうところなのか、もう一度下見も兼ねて両親も連れて行ったんですね。

そしたら、現状のうちの子には支援学校が合わないかもしれないという考えに至ったのです。

やはり、親だけの視点ではなく、ちょっと離れた祖父母の視点があったおかげですね。

かなり話し合いを繰り返しました。

 

春の初回面談から半年が経ち、子どもなりに成長していたんです。

その間、幼稚園から保育園へ転園するという、親子にとって相当大きな環境変化もありましたが、少しずつ心の方も安定し始めていました。

ですから、もう一度相談してみようってことになりました。

 

都に電話して、書類を区に戻してもらうことになりました。

そして、また区で面談をしてもらうことになったのです。

つまり、支援学級を視野に入れるということ。

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発達検査と面談は年をまたいで

12月に発達検査を受け、1月に面談をしました。

 

12月の発達検査は教育センターで行われ、10~15分程度で終わりました。

結構混んでいて、待合室も用意されていました。

5月では待合室も何もなかったので驚きましたね。

複数の大人の意見も必要だと思い、今回はお祖父ちゃんにも付き添ってもらいました。

 

そして、1月は最寄りの区の教育相談室の分室で面談でした。

他にも面談をしている親子がいました。

このとき面談して頂いた方は、5月の年配の女性と同じ方でした。

またあの優しい女性と会えた~という嬉しさと安心感を覚えましたね。

 

支援学級を希望すること、そしてその理由などを話し、また同じチェックシートに沿って再度質問されました。

以前より子どもの能力が上がり、出来ることがかなり増えていたので、改めてびっくりしました。

もっと信じてあげようと思った日でした。

 

その担当者は、支援学級に入ったら展覧会や連合運動会があること、中学校や高校への進学もちゃんと自立や就労へ向けたプログラムがあるから心配しなくて良いことなど詳しく教えてくださいました。

 

うちの子の知的レベルだと支援学校ではないこともこっそり教えてくれました。

 

その担当者の方は、普通級、支援学級、支援学校と全ての教育現場を経験されたそうです。

さすが、ベテランのオーラがあるはず!

就学相談の判定は2月下旬

さて、2月中旬に区の教育委員会の会議が行われ、そこでうちの子の判定が出るそうです。下旬には電話で連絡が入るとのこと。もう、早く結果を教えて欲しい~~~。

 

まだランドセルも用意してないですから。

区立小学校はそれぞれ学校によって制帽も違えば、道具箱や給食ナプキンのサイズまで、用意するものが違う。

だから、決まってくれないと持ち物の用意も出来ない。

決まったら速攻準備するつもりの母でございます。

 

2月の判定は最終グループだそうです。

過去には3月中旬に通知がきた方もいらっしゃるようですが、かなりレアケースですね。

 

越境する子も2月に通知が来るんだそうです。

2月~3月は、入学準備が最も忙しくなる時期ですね。

 

まとめ

我が家の子どもが就学相談を受けた体験を書いて見ました。

うちは春と冬に2度受けるというちょっと稀なケースかもしれません。

それでも、何かの参考になればと思います。

強い個性を持った子の親は苦労します。

でも、普通で味わえない体験もたくさん。

冷や汗ばかりかいてはいますが、毎日なんとかやれていることに感謝ですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆



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