西城秀樹の妻の看病生活が壮絶!最期まで一緒に過ごして送り届けた

西城秀樹 妻




こんにちは、えりえりです!

西城秀樹さんが亡くなり、日本国中がショックと悲しみの中にありますね。

昭和の大物アイドルをまた一人失ってしまい、心にぽかんと穴が開いてしまったような気持ちです。

プライベートでも家族ぐるみで親交が厚かったという小川知子さんが取材でも話していたように、最期までアイドル全盛期の顔だったようです。

生涯歌うことにこだわってプロ意識を持ち続けた西城秀樹さんらしい最期ですね。

西城秀樹さんは、2018年4月25日に倒れて帰らぬ人となってしまったのですが、それまでずっと傍で看病していたのが妻の美紀夫人なんですね。

美紀夫人の看病生活は大変だったのではないでしょうか。最期まで看病し続けた妻の美紀夫人について書いてみたいと思います。

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西城秀樹の妻は結婚2年後から看病?

西城秀樹さんが結婚したのは、2001年6月。

そして、その丁度2年後の2003年6月に一度目の脳梗塞を発症します。そのときは、ひどい障害も残らず、軽く済んだということです。

それでも、脳梗塞には違いない。夫婦でいろいろと話し合いをしただろうし、今後また脳梗塞を発症しないための生活を心掛けたんだと思います。

一番気になっていることなんですが、当時長女の莉子ちゃんが1歳になったばかり、同年2003年9月には長男新之助くんが誕生しています。

そして、その9月には西城秀樹さんは舞台に復帰しているんですよね。これ、私が言うのもなんですが、かなりハードな生活ですよね。

だって、長女の莉子ちゃんはまだ歩けるかあるけないかの頃、美紀夫人は大きいお腹を抱えて出産を控え、出産の準備だなんだっていっている時期ですよ。

そこへ、夫の西城秀樹さんがぱたりと倒れてしまった。一家の悲劇ですよ。ヒデキじゃなくて。いえ、冗談ではなくて。

一体どうやって毎日の生活を送ることができていたのだろうかと、庶民出身の者としては想像を巡らせるわけです。

これはある噂なのですが、長男の新之助くんが生まれるとき、美紀夫人は岐阜の病院で出産したそうです。

岐阜市にある操レディースクリニックという病院です。大阪生まれを言われている美紀夫人ですが、岐阜の出身ではないかという噂もありますよね。

もしかすると、美紀夫人のご実家が岐阜市内にあって、そこの近くの病院だったのかもしれません。ですから、美紀夫人も長女莉子ちゃんも、岐阜へ里帰りしていた可能性も高いです。

西城秀樹さんが脳梗塞になってしまったこともあり、体調管理なども考えて、美紀夫人のご実家でお世話になっていたかもしれないですね。

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西城秀樹の妻が看病し続けられた理由は?

愛ですよね、愛。

夫婦愛、そして家族愛。夫が大事だから、家族が大事だから、子どもが大事だから。もうそれしかない。

美紀夫人は耐えて耐えて、相当頑張ったことと思います。頭が下がりますね。

子どもが3人もいたら、毎日の育児が大変なのは想像に難くない。猫の手も借りたい。

子どもの授業参観や個人面談などで、スケジュールが目白押しだったでしょう。運動会や発表会だってあっただろうし。目が回りそうですよね。

年子ですから。美紀夫人のはゆっくり座って休む間もなかったでしょうね。美紀夫人が病気で倒れなかったのかどうか、そちらの方も気になります。美紀夫人はタフでエネルギッシュな女性なのでしょうか。

でも、そんな忙しくて大変な毎日でも、夫である西城秀樹さんがとても大事な人で、守ってあげたかったんだと思います。

その愛の力で、厳しい食事制限や日々のトレーニングなどを支えてきたのでしょう。

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西城秀樹が最期に妻に残した言葉は?

入院してから3週間経ち、4月25日に西城秀樹さんは旅立たれました。

その3週間という間、妻の美紀夫人は献身的に看病したそうです。

「もしかして」という気持ちもあったのでしょうか。毎日、気を揉んだことでしょうね。

子どもたちは中学生、高校生という多感な頃。お父さんに対して、いろんな思いがよぎったでしょう。もっと遊んで欲しかった~とか。私が僕が、大きくなって〇〇になる姿を見て欲しいよ~とか。お父さんに自分のことを認めて欲しいという気持ちは、子どもなら誰でもありますよね。

反発したい気持ちもあったかもしれないけど、リハビリを一生懸命にやる父親のことをとても尊敬していたというので、お父さんの存在は大きかったのでしょうね。

最期の最期で、西城秀樹さんが言葉を発することができたかは定かではありません。ただ、入院中に美紀夫人と話もしたと思うのです。

西城秀樹さんの心の中でも、「もしや」という気持ちがあったかもしれませんよね。これだけは言っておきたい、言い残しておきたいという言葉。言っておかないと絶対後悔する、みたいな。

きっと、西城秀樹さんは妻である美紀夫人に「愛してる」という言葉を残したと思います。

それだけでなくて、「感謝してるよ」ということも伝えたのではないでしょうか。

男性であれば、一緒に連れ添った妻に感謝の気持ちを伝えたくなりますよね。

18歳も年下で、子どもを3人も産んでくれて、闘病生活も支えてくれたパートナー。

妻に「ありがとう」って伝えたことでしょう。

ファンを大事にする西城秀樹さんのことだから、家庭生活でも愛情豊かで、良い夫だったのではないでしょうか。子どもたちからとても尊敬されているパパですから。

 

まとめ

いかがでしたか。西城秀樹さんの妻、美紀夫人は結婚して2年後に西城秀樹さんの看病をすることになり、それから15年間もずっとそばで看病してくれました。そんな西城秀樹さんの最期の言葉はきっと感謝で一杯だったでしょうね。



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