『星の王子さま』 王子さまの心を考察する

星の王子 アイキャッチ




こんにちは、えりえりです!

 

不朽の名作『星の王子さま』を題材に、子育てしていく中で感じたことや気づいたことを書いてみたいと思います。

 

星の王子さまはどんな人におすすめ?

星の王子さま』は、

子どもの心を失ってしまった大人に向けて書かれた物語です。

児童文学なのですが、子どもが読むにはちょっと難しい。

子ども時代を生きてきた大人にお勧めの本です。

 

大人になることは、成長すること。

でも、それはもしかすると、

引き換えに子どもの心を失くしてしまうことなのかもしれません。

 

作者はフランス人パイロットのアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。作者自身によるイラストも有名なので、きっとどこかで見たことがあるでしょう。

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星の王子さまの冒頭に素敵な言葉が

星の王子さま』の献辞にはこう書かれています。

 

おとなはみんな、はじめは子供だった。(しかし、彼らのほとんどはそのことを覚えていない)。

 

この物語は、レオン・ヴェルトという人物に捧げられています。

 

星の王子さまに登場するヴェルトとは誰のこと?

ヴェルトは、サン=テグジュペリにとって「この世で持っている最良の友」であり、大人だけど「すべてを理解することができる」人なのだそうです。

そして、ヴェルトは「フランスに住んでいて、飢えと寒さに苦しんでいる。彼は慰めを必要としている。」らしいです。

サン=テグジュペリは、「昔その人が子供だったその子供に、この本を捧げることにしよう。」と、親友に宛てて書いたものとみられます。

 

ヴェルトは実在人物です。

ユダヤ人であったため、ナチスによる迫害を受け、フランス東部に隠れ住んでいたらしいです。

熱烈な平和主義者だったヴェルト。著者は、「少年だったときの」ヴェルトに、この『星の王子さま』を捧げたのだそうです。

 

サン=テクジュペリは、子どもの心を失った大人に向けて、メッセージを送りたかったのでしょう。

それは、きっと私たち大人が子どもだった頃知っていたけれど、もう忘れかけている、何か大切なものなのだと思います。

 

それが一体何なのか、見ていきましょう。

 

星の王子さまの出だし

物語はパイロットである「ぼく」がサハラ砂漠に不時着するところから始まります。

周囲1000マイル以内に誰もいない様子、しかも1週間分の水がやっとあるのみです。

孤独で不安な夜を過ごした「ぼく」は、翌日ある少年と出逢います。

話していくうちに、その少年がある小惑星からきた王子であることを、「ぼく」は知ります。

 

その前に、主人公の「ぼく」が子どもの頃の体験が語られています。

大人の心理と子どもの心理の対比について、興味深いので書いてみたいと思います。

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星の王子さま「ぼく」が子どものときの体験

「ぼく」が6歳の時、素晴らしい挿絵を見て

絵を描きたくなりました^^

いいですよね~。こういうインスピレーション!

その挿絵というのは、「一匹の獣を飲みこもうとしているボア大蛇」なのですが

「ぼく」は想像力を刺激され、ジャングルのさまざまな冒険について大いに考えました。

うんうん、ある絵から刺激を受けて、自分の想像力を刺激される。これはあるある!

自分も描いてみたくなるよね^^

これこそやる気と興味の源!

 

今度は自分もデッサンを描こうと、「ぼく」は色鉛筆で完成させました。

同じように、大きな象を消化しているボア大蛇を描いたのですが、大人にはそれが帽子に見えました。

「ぼく」は大人に怖がってほしかったのに…。

ああ、残念!

作品には作者による説明が必要なのでしょうか。

 

今度は、「ぼく」は中の見えるボア大蛇を描きました。大人が理解できるように。一応、大人に気を遣っているのですね。

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でも、大人たちは、中の見えるボア大蛇だろうと、中の見えないボア大蛇だろうと

ボア大蛇の絵のことは放置してしまいました。

 

それよりも

地理と歴史と算数と文法などに興味を持つようにと「ぼく」に勧めたのです。

学歴を重んじる社会ではよくあることですよね。

「勉強しろ!」はいつの時代もよく大人が子どもに言います。逆効果だともしらずに…

 

だいたい「興味を持つように」と指示したところで、興味を持つ子なんて少ない。

興味とは自然とその子自身の体験から、内側から出てくるものですよっっ

挿絵をみた「ぼく」が刺激を受けたようにね!😠(半分怒ってる)

 

星の王子さま「ぼく」は大人にがっかりして夢を諦めた

「ぼく」はがっかりしてしまいました。絵描きという職業を諦めました。

大人の態度に落胆した「ぼく」は、好きなことを諦めてしまったのですね。

こういう大人の態度、自分も気を付けないといけないな、と思います。

子どもの夢や可能性を奪ってしまってはかわいそう。

 

おとなの人たちというのは、たったひとりでは、決して何もわからない。いつもいつも、彼らに説明をするのは、子供たちにとっては、うんざりである…

 

と、「ぼく」は大人に対する失望を表しています。

 

ぼくの人生の流れにおいて、ぼくは沢山のまじめな人たちと、沢山の近づきを得た。おとなの人たちのところでうんと暮らした。おとなの人たちを、ごく近いところから見てきた。それによって、ぼくの見解はあまり良くならなかった。

 

どんなに聡明そうだと思われる大人に出逢っても、「ぼく」がボア大蛇のデッサンを見せると「それは帽子だ」と言われました。

「ぼく」は本当にその大人がものわかりがよいか、知りたかったのです。どれだけその大人が理解力があるか、試しているのですね。

これって「ぼくのことを、もっとちゃんと知って欲しい」という欲求の現れですよね。

 

子どもが大人を試す場面って結構あります。

学校でも、どこまで先生に自分を分かってもらえているのか、毎日試しながら過ごしてますよ。

もちろん家でも親に分かってもらえているか、いつも気にしてるし。

 

星の王子さまに登場したのは仕方なく大人に合わせる子ども

「ぼく」が好きなボア大蛇や原始林や星については話さず、その大人に話題を合わせます。ブリッジやゴルフやネクタイや政治について話します。すると、その大人は、「ぼく」のことを分別のある男だと知って、喜ぶのでした。

大人の持つ尺度で、その子どもの価値を決めてしまうのですね。その子どもの真の価値を見つけて貰えないのは本当に残念です!

 

子どもには、自分の感じたそのままを表し、それを理解して欲しいという欲求があります。

『星の王子さま』の「ぼく」は、獣を飲みこんだボア大蛇を絵に表しているつもりで、大人にそれを理解して欲しいのです。

 

しかし、大人には、それがただの帽子にしか見えない。目に見えないものを理解しようとしない。帽子のように見える物体の中に、まさかボア大蛇が入っているなどと想像もしないのです。

 

想像力を失った大人は、子どもの心を失った大人として登場しています。

それは、社会に出て、現実を生き抜いていく大人たちにとって、仕方のないことなのかもしれません。

 

大人の目線で子どもを評価するのは簡単ではありませんね。

先に生まれたのだから偉いとか、物事をよく知っているとか、そういうことはないのかもしれません。

 

だから、大人が『星の王子さま』を読むことは意味があるように思います。

もう一度、子どもの心を思い出すために。

 

引用元 『星の王子さま』アントワーヌ・ド=サンテグジュペリ 小島敏明訳 第三書房

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆

 

こちらの記事も面白いですよ

豆塚エリさんによる素敵な詩

 



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